下賀茂 糺の森と上賀茂 神山

空と雲と山歩き>森歩き>下賀茂 糺の森と上賀茂 神山


京都で最も古い神社の森を歩く。平安時代より昔、奈良時代にはすでに加茂氏はこの地の有力者で、氏神として信仰されいた。平安時代は都の守護神社となる。そんな古の文化ただよう森。

画像 画像

糺の森
下賀茂神社は鴨川の水源と言われ、平安時代以前の奈良時代より加茂氏により大切にされてきた。
賀茂川と高瀬川の合流する三角州エリアに12万4千平米の森になっている。原生林が広がり、ケヤキやエノキなど巨木と4つの小川から構成されているパワースポット。
水源傍にある「御手洗」は手水舎で、神話に基づく舟型の磐座と糺の主と言われた樹齢600年のケヤキで出来ている。
なんでも、御手洗(みたらし)団子の発祥はここらしく、鎌倉時代に後醍醐天皇が水をすくったところ5つの泡が浮かび上がったとか・・・この界隈の団子は5つの団子玉になっている由来。
語源は「神の前で偽りを糺す(真偽や罪の有無を追及する)」が有力な説だが、
葵祭を舞台にした『源氏物語』第九帖『葵』の巻、『枕草子』「四月、祭のころ、いとをかし」など、この神社の行事を題材するなど当時から有名な場所だった。

画像

画像

画像


霊気漂う参道と奈良の小川
神社の参道は、公園と違って、静寂さを保ち、鎮守の杜の樹木は高木も多く、特にこの森は原生林であることもあり、霊気漂う空間になる。

小川が流れ、樹齢200年から600年の巨木があるという風景はなかなか見ることができない。
このせせらぎと巨木の組み合わせが、糺すの森って感じ。「神の前で偽りを糺す」気持ちになる。
最近、古の小川の遺構が見つかったらしく、その遺構に習って、小川と森の再現を図っている。まだ新しい道だが、数百年後には「糺すの森」となるだろう。
そんな歴史を振り返りながら、歩く。御手洗で手を清める。神社にお参りする。
歴史深き京都の神社の良さを実感できる。

画像

赤兎山


上賀茂神社と神山
下賀茂神社と同じく、古来より豪族 加茂氏と関係がある古刹。平安時代には都の守護者として奉られた。
賀茂別雷大神を御祭神とする神社。別雷神とは「雷を別けるほどに強い力を持つ神」という意であり、古来より厄除・災難除け・必勝の神として信仰されてる。
ご神体は神山(こうやま)、そこに神様が降臨した。拝殿はその山をかたどり2つの砂山を作っている。
境内には昭和になって出来た有名な渉渓園があり、「曲水の宴」なる平安時代の貴族の雅な宴が再現される。
下賀茂と違い、広大な森はないが、本殿東側にある神山がご神体というのが最大の特徴。
チャートで出来た硬い岩石なので、1000年や2000年では形は変わらず。平安以前からこのお山はそのままのお姿でいらしたことだろう。

画像

赤兎山


岩上〜がんじょう と読む
神社横にはご神体のチャートの山があるためか、境内には岩がゴロゴロしている。
一番有名なのは、「岩山(がんじょう)」
神山の山頂の降臨岩と共に「気」が集まる加茂信仰の原点の岩らしい。葵祭の始まりもここで神の御意向を伝える儀式がある処。
参拝者は朱色の本殿ばかりに目が行くが、この岩山には目もくれない。
神域なので、縄とシデで囲われているのだが・・・ありあがく手を合わせた。
そう思い、境内を散策していると、稲荷大社は山の麓にあるし、岩の上には祠がここかしこにある。
岩は特に山頂の岩は大きな岩には神様が宿る伝説はあちこちにある。
大きな山や大きな岩は人の営みの時間をはるかに超えた、時間の枠組みで出来たものなので、人智を超えたなにかがあると感じるのだろう。
同じことは人と同じ生命体である巨木にも神秘性を見出すのだろう。

下賀茂の森と巨木、上賀茂の岩・・・自然を畏れ敬う・・・そこに神社が出来る、実に納得のいく考え方な気がする。


画像 画像 画像
画像 画像 画像



2025年12月28日【訪問】2026年1月3日[記]

現在地:空と雲と山歩き>森歩き>下賀茂 糺の森と上賀茂 神山く