高山植物の生存戦略2

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この夏は3,000m前後のお山を4つ歩いた。高山植物もたくさん見た。あれから講座も受けて本も読んだ…「生存戦略2」として記録しよう!

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中央アルプスの千畳敷カール、ロープウエイで標高2,700mまで一気に連れて行ってくれる。
写真は伊那前岳からの写真で、カールの全体像を見渡せる。
この山稜の向こうは西側で、冬はシベリア寒気団の影響で日本海側から強風と降雪が吹き付け、こちら側が深く積雪する。
約2万年前には氷河が形成された。現在の間氷期になり氷河で削られたスプーンの形状をカールと呼ぶ。
現在でも、冬は1〜2mの積雪となり、厳冬期はー20度になるらしい。
雪解けは遅く5中旬から、6月中旬にはほとんどの雪はなくなるが、カール底にあたる剣ケ池には雪渓が残る。10月には雪が再び降り始める。
つまり、夏は短い。

かように、中部山岳地帯は西側と東側で寒気団の影響を受ける。
規模の大小はあるが、風が強い地域を風衝地、雪が残る処を雪田と呼び、それぞれに特有の植物の群落を形成する。
そんな前提を頭にいれて、高山植物について勉強した2回目を記録する。

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草本の多年草
千畳敷カールの雪田で高山植物の群落といえば、「コバイケイソウ」「シナノキンバイ」だろう。いずれも多年草で、群落を一目見ればその美しさに見惚れる。
高山にしか自生するこ高山植物の特徴を改めておさらいしておく。
・歴史的背景:氷河期(最終氷河は2万年前)の遺存種
・開花時期:雪解けから冬の降雪までの数ケ月の間に成長して子孫を残す
・形状:厳しい環境下で生き抜くために背が低い  
・背が低い割には花はカラフルで目立つ
・生育環境:高山では冬は日本海側からの強風と降雪で、山稜の西側は風衝地、東側は雪田を構成、特性にあった高山植物がある
こういった処だろうか・・・温暖化が進めば更に条件は厳しくなるが、数万年後に氷河期がくればまた拡大する。

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アオノツガザクラ

樹木はツツジ科が意外に多い
「ガンコウラン」「アオノツガザクラ」・・・ツツジ科。ガンコウランは風衝地に、アオノツガザクラは雪田上部に群落をつくる。
どちらも、葉っぱ針葉樹の様でとても常緑広葉樹のツツジには見えないが、気象条件の厳しい高山では頑丈で小さい葉っぱが有利になる。
高山は夏の強風、強い日射による乾燥ストレスが最も強い処なのでそれに耐えうる仕様が必要。(「日本の高山植物」)
ツツジはエリコイド型菌根と共生しており、植物側は光合成で生成した糖類を渡して、窒素やリンをもらっている。(2024年山の自然学 下野先生講座)
高山のような強酸性の土壌でもこの相互依存は成立している。標高の低いエリアでも乾燥地にツツジ科が生きていけるのはこの菌根菌のお陰か!?
ハクサンシャクナゲやコケモモなどもツツジ科で、高山植物の木本には意外に多い。この菌根菌の役割は大きい。

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高山植物の約85%は自家受粉能力がない
身体は厳しい環境に耐える為に小さい必要性があるが、花は大きくカラフルで目立たねば、送粉者(ポリネター)が来てくれない。
ポリネターはハエとハチがほとんどで、意外にもチョウやガは数%に過ぎないらしい。
もっと意外だったのは、自家受粉がすくないという事実。
「日本の高山植物」工藤学先生によると他家受精を選択する主な理由は、どの遺伝子にも不利な性質を作り出す「弱有害遺伝子」が自家受精などでその効果が強調されると生存率が下がること
厳しい環境下で遺伝的に単調な集団でいると、ほんの数メートルの違いで雪解けが遅かったり土壌性質が変わったりすると生き延びる可能性が低くなるのを避ける為ではと記載されている。
なるほど、実におもしろい。
キキョウ科ホタルブクロ属「チシマギキョウ」・・・雄性先熟で蕾の内に雌蕊花柱に雄蕊が花粉を付けて、開花するとマルハナバチに花粉を付けてもらい、数日たつと雌蕊の柱頭が開いて花粉を受け入れる。
最初は雄フェースで後に雌フェースになって自家受精をさけるらしい。よく見ると雄フェーズの花の中にハチの足が見えている。
ハマウツボ科シオガマギク属ヨツバシオガマ・・・花粉量の制限をしている。蜜はなく、花粉は振動で落ちるらしい。よってマルハナバチは胸を振動させて花粉を落とす。
花は一度に2〜3花ずつしか咲かないので、頻繁に株間を移動する。一度に多く取らせない、すぐに他株へ移動させる工夫にて他家受精を促しているということか!
この写真にもマルハナバチが花に抱き着いている。振動させてるんだろうなあ(笑)

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高山帯には多年生植物がほとんど
ツツジ科のガンコウランやアオノツガザクラは樹木、群落をつくり白い花が美しく、花穂が優美な「チングルマ」も樹木。草木でも多年草がほどんど。
厳しい環境下では、短い夏に発芽して成長して受精して子孫を残すには時間が短か過ぎる。ゆっくりと時間をかけて成長するしかない。
マツ科マツ属ハイマツ・・・五葉松の一種で高山帯にしか分布しない。幹が地面を這うのでハイマツ。
芽鱗の痕跡が毎年一つずつ刻まれるので数えれば、年数が分かるらしい。1年間の伸長は数ミリ。
下野先生の指導下での木曽駒植生調査で定点観測していると体験したが、ハイマツは少しずつしか成長しない。というかできない。他の樹木も同じようなものだろう。
工藤先生は大雪山での調査で、マット状のイワウメは年間1〜2mm、1mを超えるマットがあちこちにあるので400〜500年はかかっていると予想されている。
高山には1000年を超える寿命の植物もわりとたくさんいるだろうと推測なさってる。
クスノキで1000年超えの巨木は幾本か見た。高さも幹太も想像を超える多きで神々しさすら感じる。そして、高山にも“小さな巨木”が意外にたくさんあるということか。
いつか、高山樹木“巨木100選”なんて本が刊行されるかも。
写真のハイマツの花も受精すれば松ぼっくりが出来て種子が散布される・・・
その種子が発芽して生きながらえる確率は相当低いだろうが、その繰り返してでこのハイマツ帯が広がっていると思えば、その時間の長大さに感動すら覚える。

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ケシ科コマクサ属コマクサ
高山植物の女王”と呼ばれる。乗鞍岳で最盛期に見ることが出来た。風衝地の岩屑斜面という実に不安定な場所を選んで分布している。
根は深く岩屑が動てても生きていける、葉っぱはパセリ状で霧さえも葉でとらえて水分を確保できる形状になっている。厳しい環境下で生きる知恵をわかりやすく体現してくれている。
登山者が見栄えで“かわいい”という気持ちは分かる気がする。
木曽駒ケ岳にもコマクサはあったが、大正時代に絶滅したいという。現在は林野庁などが移植をして増やそうとしているらしい。人の手による復活。

高山植物は氷河期時代に拡大して、間氷期に水平方向の北へ後退したものと、垂直方向に逃げて高山で生き延びたものと二方向で生存している。
氷河期と間氷期は万年単位で交互に繰り替えす。残された植物は隔離されたエリアで独自の進化を遂げて、高山ではそこにしかない固有植物となる。
産業革命以降に温暖化は急激に進み、高山植物も分布範囲が狭まっているという。
人の手による復元がどれほど効果があるか・・・現在の温暖化は人の影響が大きいとするならば、やはり根本原因の温暖化をいかに食い止めるかにかかっているのか!?
人の手によって氷河期と間氷期のサイクルが狂わされているとしたら、いったい高山でこれからなにが起こってくるのか!? 
高山帯もターニングポイントにさしかかっている。

2025年8月11日[記] 〜山の日にこの夏歩いて山を思い出しながら高山植物を考える

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