国見峠 秋風

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▲ 黄葉の匂い ▲
湯の山温泉に降り立つ、朝の7時半、谷合いのこの温泉地は日陰で寒い。
少し、息が白い。 慌てて、車にフリースを一枚取りに戻る。
やっと落ち着いた。この谷にはまだ陽が射していないが、それでもここの紅葉は、まっさかりで、見事な極彩色なことに気づく。
今日は快晴だ。途中、高速道路から見えたこの山の稜線が空の青さで見事なスカイラインを描き、歩くコースまでくっきりと見えた。
わくわくする自分に気が付く。

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三々五々、仲間が集まる。皆、山歩きが好きで気さくな仲間。
「山の会」という名の“山の会”、私はめったに参加していないのだが、リーダーにどこか決めろと言われ、なにげにお薦めした山。
コースはこっちまかせのようだ。谷沿いを選んで峠に出てから山頂に至る「裏道」を選んだ。
もう麓も紅葉終盤だが、渓谷沿いならカエデ類の紅葉も多かろうという思いつき。
歩き始めると、予想通り、ところどころに黄葉がまだ残っていて、光が当たると落葉樹はまだまだ美しい。
谷を吹き上げる風が時折、背中越しに流れる。ほんのりカラメルの香り。
尾根に生えるタカノツメの落葉が谷にもハラハラと流れている。この落葉が乾燥するとマルトールが生成されカラメルに似た匂いになる。
そこはかとない、この淡い甘い香りに、秋を感じる。 
亜高山に生えるカツラほどではないが、好きな秋の匂い。五感で感じる秋。

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▲ 里山の痕跡 ▲
ほどなく、森の中に「炭焼き窯」の跡を発見。
明らかに人工的な石組、落葉や草で隠れているが、想像できる円形から、立体の炭焼き窯を想像する。
煙まで見えてきた。
看板もなにもない・・・ 里山の炭焼きは、石油が人の営みのエネルギー源なる燃料革命前は、大きな収入源だった。
こんな山の中にも生活があった。たったの60〜70年前のこと。人は忘れ去るもの。
名もなき人の営みを思いしばし佇む。

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▲ 花崗岩の大岩 ▲
歩く谷は意外に広い。等高線の幅を読み違えたか、
確かに広い、まだ朝早いが日が差し込み、谷が明るい。
この辺りの山は花崗岩で、崖が岩が崩れて、石となり、この広い渓谷を埋め尽くしている。
登山道はそれなりにあるが、時折出てくる大きな岩が自分の歩幅を上回る。年と共にバランス感覚が鈍くなっているので、小さな冒険の連続となる。
何度か渡沢があるが、ありがたいことに、丸太の橋を架けてくれている。
三本ほどの丸太を縛った簡素なもので、大きな岩に太いロープというか綱で括り付けてある。
大雨が降れば、一たまりもなく流されるだろう。
大きな自然には、敵わないことが前提ある登山道、流されたら、それはそれで良いという具合。
正しい。人の知恵。

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▲ ロッククライマー ▲
藤内小屋を過ぎ、谷が狭くなってくると「藤内壁」というロッククライマーの聖地がある。
藤内壁の取り付き手前の分岐には「クライマー以外立入禁止」の看板。お亡くなりになったクライマーを偲んだ看板もある。
登山者ではないロッククライマーの世界がある。日本でも指折りの岩場らしい。
登山道からも藤内壁は遠目に見ることができるが、予想以上の大迫力。赤や青の点点が見えて、それが人であることが分かり、岸壁の大きさに気が付く。
300mの垂直絶壁、一枚岩ではなく、幾つもの岩筋がそそり立っている感じ。
垂直の岩を攀る。頼れるのはハーケンとロープと自分の身体と意思。
命を懸けて、その岩を登り切った時の達成感は半端ないことだろう。「死」を意識すると「生」が際立つに違いない。
自分の知らない世界が、ほんの真横にある。むずがゆい。

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▲ シロモジ ▲
渓谷沿いにそって群落をつくっていた シロモジの黄葉が良い。
高級楊枝のクロモジに比して、幹が白っぽいのでこの名がある。こんなにたくさんの群落は初めてかもしれない。
葉っぱが3裂して、切れ込みの基部に丸い隙間があるのが特徴で、一目でそれとわかる。太陽の陽にあたって黄色が眩しい。
シロモジだシロモジだ・・・と心の中で呟いていると思ったら、独り言になったいたようで、
仲間にこの樹はなんだと笑って聞かれた。
タカノツメのように匂うかな、と何度も落ち葉を拾ってクンクンしてみるが、匂わない。
これまた、後ろからの嘲笑の視線を感じて、やめた。

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▲ 国見峠と秋風 ▲
ゆっくり歩いて、渓谷をじっくり堪能して、国見峠に到着。
広い峠、見晴らしが良い。
なんといっても風が良い、滋賀県からの琵琶湖の風、三重県側の伊勢湾の海風が、ゆったりと混ざって、気持ちがい良い。
ミルを持参の方がいて、コーヒーを淹れていただく。 
この広々とした峠で、少し寒い秋風の下、あったかい本格珈琲! これが殊の外おいしい!
コーヒーではなく、「珈琲」がぴったりと当てはまる。
仲間とのなにげない会話も、街中でなく、こんな気持ち良い場所だと、楽しい。
さあ、あと少しで国見岳。秋風に背中を押されて、立ち上がった。
2020年12月6日<記>

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