高校での山歩き

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高校時代は、3年間 大阪でワンダーフォーゲル部だった。

山岳スキー部という部もあったのだが、選んだのはワンゲル。

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顧問の先生が魅力的で、鈴木嘉幸先生という(おそらく)50歳過ぎのベテラン先生。
山に登って山頂からの景観を楽しむだけでなく、登山道の地質や植生、山麓に広がる文化まで、幅広く物事をご存知な方だった。
部員は幽霊会員も入れて30〜40人位。 【右:新人歓迎ハイク〜山の辺の道】
月例会と称して、毎月 近畿の山を歩いた。

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北は滋賀の比良山系、京都盆地周辺、兵庫六甲山系、東は大峰山系や大和高原、奈良盆地周辺、金剛生駒山地、南は和泉山地や紀伊山地を電車とバスを乗り継ぎよく歩いた。
きっと近畿の名だたる山は歩いただろう。
近畿の山の周辺には歴史文化が育まれ、縄文弥生〜大和〜飛鳥時代〜奈〜京都時代と数千年の歴史が刻まれ、
山の周辺部は歴史や文化遺産の宝庫、神社仏閣の建築や仏像など美術品はその時代時代の最先端技術となる。
よって、建物や仏像の見方もよく勉強(させられた!?)した。
もちろん、山登りの基礎知識も先輩や顧問の先生が教えてくれる。

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地図の見方、天気図の造りかた、歩き方などなど、山歩きの前日の晩はNHKの気象情報から天気図を書き込み、いっちょ前に部員の前で明日の天気予報などした。
夏合宿は、遠征して、大阪から信州の乗鞍 【左:野麦から乗鞍岳】や八ヶ岳(天狗岳)、香肌渓へ行った。
最初の年は、乗鞍。 初めての山小屋泊まり、満点の星、高山植物、紺碧の空・・・
3,000mの山頂から見上げた、宇宙へ続きそうなほどに濃い青色の空の色はいまでも忘ていない。
有志で、顧問の先生に先導されてもあちこちへ、戸隠山【右:戸隠山頂】、飯綱山、戸狩/熊の湯スキーなどなど。
高校時代の経験は今でも鮮明で、当時の行動の一つ一つは自分の人格形成のベースになり、今の山歩きへと連綿と繋がっている。

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最大の影響を受けたのは、やはり顧問の鈴木先生【左:卒業生追い出し例会:オレンジシャツの方】。
残念ながら、私が高校を卒業してすぐ他界してしまった。
兎に角、高校の地理と地学の先生でしたが、授業が面白かった。山を歩いていても話しぶりも魅力的。
また、飄々とした中にも、凛とした信念が感じられる立派な人格者だった。
やせていたのに、どんな山でも疲れを知らず、
颯爽と歌を歌い、立ち止まっては樹木や花や空を眺め、自然について、今思えば自然保護の在り方についても、われわれにいろいろ教えてくれる。
山麓では、神社仏閣だけでなく街や集落の建築様式、里山の文化にも精通されており、
専門の地学の領域を超えて、歴史・文学・芸術・民俗学など広範囲な分野への探求心が旺盛な方だった。
高校が近畿地方であったことで歴史に興味を持ち、ワンダーフォーゲル部に入って事で山歩きにのめり込み、出会った先生の影響でその二つが一つとなり、今の私の“山歩き感”を形成したのは間違いない。

大学を卒業して、長年住み慣れた 近畿地方を離れ、今は中部地方にいる。
美濃・飛騨・信州の山々に近く、近畿とはまたちがった歴史風土があるこの地にはまだまだ知らない事だらけ。
知らない事を知りたいという探求心を持ち続けているのは、先生のお蔭であることは間違いない。
一生の楽しみを与えてくれた先生はまさに、人生の恩師。
どんな場所へ行っても、幾つになっても、このワンゲル精神を「同行二人」の気持ちで持ち続けることだろう。

2006年12月30日[記] 2014年12月31日[改] 2021年12月26日[再編]

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