高山植物の生存戦略

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■ 高山の植生調査で気が付いた逞しさと美しさ ■

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毎年、7月末に木曽駒ヶ岳周辺で、高山植物の植生調査のお手伝いをしている。
活動は10年以上続いているが、私は3回目の参加。
長期の定点調査で植生の変化が解明され研究が進むわけだが、その研究は先生ににお任せして、素人が改めて知ったのは生存戦略の多様性。

中部地方で3,000m近い高山は、冬季の積雪と気温の低さ、一日の温度差が大きいこと、風が強いこと、貧弱な養分の土壌、陽射しが強く特に紫外線が多いこと、など多くの点で植物の生育には厳しい。(Byウイキペディア)
そんな厳しい環境下、それも短い夏の間に花を咲かせ、結実して、子孫を残さねばならない。
そもそも、なぜ高山に植物はあるのか? それは、氷河期の遺存種(残存種)と言われている。最終氷期は2万年前からの長い歴史。
今の様な、間氷期になって暖かくなると植物は,寒い地方か高い山に逃れていく。その生き残りが、生きていくための進化を遂げながら、ここにある。

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コバイケイソウ、ユリ科シュロソウ属の多年生の植物、大きいもので1mにもなる。
湿地を好むので、千畳敷カールのすり鉢の底や水の流れのある場所に群落を造る。今年は6年に一度の当たり年らしい。
ブナも数年に一度の豊作となる、食べきれない程の実で、子孫の生存の可能性を高める戦略という。この花も同じか?、高山が故の別の理由か?まだ解明されていない。
真ん中で直立しているのが両性花で両脇は雄花。
たくさんの雄花で虫を惹きつけて、縦に伸びる両性花に誘うらしい。東京の植物園の園長の解説なので間違いない。
高山で背の高い野草は珍しい。ここは、すり鉢の底、湿地は低い所にあるので、風の当たりも少なく、背伸びができるのだろう。
あるべくして、この形状と花がある。

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雪田で生きる植物はたくさんある。
黄色い大きな「シナノキンバイ」:キンポウゲ科キンバイソウ属の多年草。
白い大きな「ハクサンイチゲ」:キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草。
群落を造り、一つづつの花も大きくで目立つので、だれもが「わぁ、綺麗!」という高山植物の代表格。
雪が解けて、虫が飛び交う短い夏の間に花を咲かせ、虫に花粉を媒介してもらい受精して結実しなかればならない。
人を惹きつける為ではなく、虫に対して目立つ為に、
大きな花弁に見えるのは、実は萼片、進化して大きな色の着いた花弁もどきになった。
高山植物が美しいと言われる理由は、過酷な条件の中でけなげに咲が故だが、こんな目立たせる戦略もその要因だろう。

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風と雪も植生に影響を与える。
日本は東側から西側へ偏西風やジェット気流なる強風が吹く、冬は厳しい。山頂部では雪は東側の風下に豪雪として吹溜まる。
西側は風が強く厳しい寒さで、植物の生育は難しい。
写真は島田娘という千畳敷カールの南側を登って稜線に出てすぐのピーク、
西側と東側が一目で見ることができ、展望の違いは勿論、植生の違いも一目でわかる面白い場所。
やはり、東側の方が植生が豊かに見える。

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登山者には馴染みの「ハイマツ」:マツ科マツ属、地面を這う松。
この種の常緑樹は、西側で強風で雪が溜まらない風衝地帯に群落はあまりなく、東側で風を避け雪があって比較的“温かい”場所に大群落を造る。
崖で土壌が安定しないことにはなく、上部の岩稜帯や下部の比較的平坦なところを住みかとする。
まっさきに良いとこどりをする優占種。

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花崗岩のこの山は、岩礫地帯が多く、そんな場所には、
「ガンコウラン」:岩高蘭、ツツジ科の矮小低木やクロマメノキなどが生きている。
野草ではなく、常緑樹、寒さに耐える為、葉っぱは細くハイマツより低い。
調査区ではしばしばお目にかかる、ハイマツの風下側でも避難しているようにも見える、馴染みの樹木。

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小さくかわいい「アオノツガザクラ」、ツツジ科ツガザクラ属の常緑低木。
これは岩稜地にもあるが雪渓の脇など湿り気のある場所で育つ。
やはり、葉っぱが細くて寒さに耐えられるようになっている。
常緑樹は冬でも生きていけるように、葉が線状に細く、背丈は低く、冬は雪の中に潜り込むのが生きる知恵。

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高山植物の女王! 
「コマクサ」:ケマンソウ亜科コマクサ属の多年草。
薬草として乱獲され木曽ヶ岳では絶滅したが、近年 移植して復活しつつある。
荒涼とした礫地帯、不安定な土壌をあえて生存の場とし、他の競合植物との差別化を図る生存戦略を取る。
高さはたったの5cmほどだが、根っこは50〜100cmもあるという。
今年の調査は、台風の影響で、初日は大荒れ、木曽駒での主目的である植生調査が出来ず、山荘で沈殿していた。 
翌朝、調査地に向かう途中で、見たのがこの写真。
パセリのような葉っぱに細かい繊毛があり、水滴を流さず捉えて水分を確保する機能が備わっている。葉っぱも花にも水滴が一杯。
嵐に耐えてた後のその姿は、実に美しく。美しい! とにかく、美しい。

高山の植物は標高が高い場所が故に、まだまだ解明されていない部分が多い。一方で、温暖化の進展で生きる環境が年々厳しくなっている高山植物。
その中で生きている逞しさ…生きるために目立つ戦略が人の目には美しく見える。
高山の山歩きは大展望だけでなく、地形/地質と気候と植物の関係を知ることができる。大好きなエリアだ。
2019年8月17日 [記]

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