鋸歯は何のためにあるのか?

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4月から5月は新緑の季節、新芽が美しい。落葉樹は新しい葉っぱを展開し始め、山が萌黄色になっていく季節。
ガイドをしていたら、お客様がサクラの鋸歯へと話題が移り、「鋸歯(きょし)と全縁(ぜんえん)」についての会話になった。
「南に行くほど、全縁率が高いらしいですよ」と知っている情報をお話ししたが、今後の為に改めて図鑑やホームページなどで調べてみた。

頼りになるのが、科学館のホームページ、「葉の縁のギザギザを難しい言葉で鋸歯、反対に葉の縁にギザギザがない様子を全縁と言います。鋸歯があることのメリットの一つとして、光合成効率の向上が知られています・・・葉の周囲の長さが歯の面積より大きくなると他の場所からの二酸化炭素が捕らわれやすくなり・・・光合成の阻害がおこりづらくなります。」( 浜松科学館)
そうか、光合成の効率が良くなるんだなということがわかる。

さらに、突っ込んで知るには、
日本植物生理学会「みんなの広場」、ここに鋸歯についての学術的な見解をわかりやすく説明してくれるので、さらにそれを絵にしながらまとめてみた。
「東アジアの様々な湿潤な広葉樹林において、全縁葉の樹種の割合と年平均気温の関係を表す図がでてきます。温度が高くなると全縁葉の割合が高くなるというきれいな直線関係が示してあります(全縁率 10〜85%、年平均気温5度〜28度)」とある。
つまり「南に行くと全縁率の割合が高くなる」と私の適度な説明は当たっている!

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優占種を南から並べると、沖縄から南九州あたりが元々の原産地というタブノキやスダジイ、マテバシイ・・・と。
タブノキやマテバシイは全縁、スダジイ(イタジイと呼ぶ)はたまに浅い鋸歯があるが、基本 全縁
だった。沖縄で確かによく見た。
沖縄の最高峰である「おもと岳」を歩いた時はスダジイの巨木にも出会った。

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マップにイメージを落としてみた。
タブノキやマテバシイは北上していて関東でも見ることが出来る。スダジイは東北南部まで。
ウバメガシは紀伊半島の海沿いの山には、普通にある。これは関東南部までか・・・
紀州の姫越山は登山道の両側がこの樹木で、だんだん備長炭に見えてくるほど(笑)
備長炭になるぐらいだから、重くて中身が詰まっていて堅いんだろう。
ウバメガシの葉っぱは、確かに全縁だ。

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アラカシは・・・鋸歯だ。
東北南部から沖縄の暖温帯/亜熱帯か。中部では当たり前のように山に自生している。
カシの中ではもっとも粗い鋸歯を持っている。
シラカシも鋸歯を持っているが、アラカシほど粗くない。
こうやって、マップに落とし仕込むと、シイはカシよりやや南から分布域を広げている? 
シイの方がオリジナルが南(亜熱帯)?!


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ここから落葉広葉樹になる。
ブナは北海道の南部から九州の冷温帯、ミズナラは北海道から九州の冷温帯、ダケカンバは北海道から中部の冷温帯・・・
ブナは波状の鋸歯、ミズナラは深い鋸歯、ダケカンバは重鋸歯(シラカンバは見事な重鋸歯)
鋸歯のバリエーションも多い。予想通りだが、落葉樹の方が鋸歯率が高いか。
「保育社から出ている尼川大録・長田武正共著、検索入門には、単葉のうち、常緑の全縁葉が43種、落葉の全縁葉が39種、常緑の鋸歯葉が32種、落葉の鋸歯葉が106種掲載されています。」(みんなの広場)
数字の上からも落葉樹の方が鋸歯葉が圧倒的に多い。

さて、なぜか?

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東京大学 寺島先生のご説明(2008年当時)を要約すると・・・鋸歯があると葉面境界層(葉の周りの空気の淀み)が薄くなりガス交換に有利になる。これによって光合成速度は速くなる。
鋸歯があると“小さな乱気流”が起こり、空気が混ざって循環が良くなりガス交換が進むってことじゃない。
重鋸歯は乱気流がもっと乱れるんじゃない!? と絵にするとこんな感じか!???? 
切れ込みが深くなると(ミズナラのように)、境界層は葉っぱが大きいほど厚くなり、同じ大きさなら列片(切れ込み)がある方が薄くなるらしい。
さらに、「全縁の葉は大きな本影(太陽は点光源ではないので、影にも本影と半影がある)を作りやすく、下の葉が本影を避けようとすると、その葉よりもずいぶん下に位置する必要があります。裂片や大きな鋸歯があると、下に本影が出来にくくなりますので、それほど下に位置する必要がありません。このように、裂片や大きな鋸歯には、光環境を平均化するという利点もあります。」そうです。
列片や鋸歯は大きいと、葉っぱが千切れるという欠点もあるが、落葉樹のように短期間で光合成をしようとする樹木には理屈にあった戦略かも。
本影と半影のくだりは、ちょっと難しいね。

一方で、南の方は鋸歯がないのは、空気が淀んでないからか・・・雨やスコースが多いので風が吹くということかな・・・鋸歯の理屈が分かったが、全縁の理屈がまだ腹落ちしない。
ちなみに、雨の多い高温多湿な地域に自生する樹木には葉っぱが水滴型が多い。葉に雨水が長時間ついていると、葉の表面から養分が流れ出てしまいます。
葉が全縁で雨水を落としやすい水滴型の樹種が多くなります。(浜松科学館)
これはこれで一つの理屈ではある。

さて、冒頭話題の桜の葉っぱは鋸歯葉。落葉樹。オリジナルは高地であるネパールという説がある。どんな自然史をへて変化してあの葉っぱになったのだろう!?知りたい!
奥深き、鋸歯と全縁の世界、まだまだ調査は続く。

2023年4月17日[記]〜サクラガイド時のお客様の疑問に深く答えたいとの思いから

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